突撃を開始しようとした『ベルゼブブ』と出会い頭の衝突の要領で『幽霊船団』から飛来した砲弾は全てではないにしろ、大半が命中する。

だが、一体どれほどの装甲なのか、砲弾が何発かめり込んではいるものの他は特にダメージを受けた形跡は無い。

「フィナ!身体に当てても無駄だ!それよりもプロペラを破壊しろ!!」

「なるほどね。確かにそっちを破壊した方が都合が良い。それじゃ全艦」

だが、相手も既に攻撃態勢に入っていた。

両腕を『幽霊船団』の方向に伸ばすと肘から上の部分が轟音と共に射出された。

「!!ロケットパンチだと!」

志貴が思わず発した言葉と同時に一瞬の硬直から抜け出したフィナが号令を下す。

「全艦散会!!」

同時に『幽霊船団』は上下左右散り散りにばらけ、その隙間を掻い潜るように『ベルゼブブ』の両腕は直進を続ける。

だが、運悪く散会した一隻が標的として捕えられ、両側面を捕まれて『ベルゼブブ』の元に戻されていく。

「くっ!何とかして脱出しろ!」

フィナの命令と同時に乗船していた骸骨兵士達が攻撃を開始するが、ひび一つ入らない。

そうこうしている内に、腕は『ベルゼブブ』の体と再び接続される。

そして、骸骨兵士達もろとも船を『ベルゼブブ』はあろう事か食べ始めた。

「何!!」

フィナですら絶句する。

固有結界より生み出された心象の具現化をまさか食べるとは思いもしなかった。

そういっている間にも『ベルゼブブ』は頭頂部分に開いた穴に船を押し込んでいく。

その度に様々な物が砕ける音が不快な音楽を奏で続ける。

「・・・思い出した。確か『ベルゼブブ』はキリスト教神学で暴食を司っているといわれる悪魔の名前・・・どうやらあれは何でも食べるようですよ」

「何でもにしても雑食過ぎるでしょ」

志貴の言葉に青子が思わず毒づく。

「つまり私達を食い殺す気なの・・・甘く見られたものね。フィナ、散会しつつ一定の距離を保ちながら攻撃を続けて。あれに捕まればいくら『幽霊船団』でも逃げられない。それは今実証されたわ」

「はっ!」

「先生、先生も援軍お願いできますか?」

「ま、仕方ないでしょうね。ここに乗った以上私達は一蓮托生なんだし」

その間に食事を終えた暴食魔城『ベルゼブブ』は新たな獲物を求めて腕を伸ばす。

『幽霊船団』も中遠距離を保ちつつも主砲はこちらに向けられている。

再びの砲撃と両腕の発射が交錯した。

十七『犠牲』

一方で地中海上では。

「撃てぇ!!」

司令官の号令とともに対艦ミサイルと機関砲が雨の如く降り注ぐ。

だが、敵・・・嫉妬魔城『リヴァイアサン』は特に微動もせずただ受けるだけ受け続ける。

攻撃が終わった時、『リヴァイアサン』は沈む事無く悠然と浮いていた。

彼らは知るよりもないが、『ベルゼブブ』と同じ装甲なのかさしてダメージを受けていない。

だが、正面のシャッターは装甲が弱かったのか攻撃で吹き飛び中の様子がその肉眼で捕えられていた。

中には今まで飲み込まれた輸送船、護衛艦などが壁に寄りかかる様に漂流していた。

だが、どれも大破、ひどい物に至っては燃料が引火したのか炎上すらしている。

「な、何だ・・・これは・・・」

予想を超えた惨状に声を失う司令官。

その時、『リヴァイアサン』の内壁から突然無数の何かが放出された。

それは『リヴァイアサン』に最も近かった艦に殺到する。

と全員の耳に鼓膜を破るような轟音が響く。

はっと全員がその艦に視線をやるとそこには、もはや浮いているのがやっとの状態の艦と、黒い色の触手がおびただしい量、まとわりついていた。

「!!き、聞こえるか!無事か!無事なら応答しろ!」

我に返った通信士が無線で呼びかけるが通信機器も破壊されたのか反応はない。

そこに、ナルバレックの無線機から声が発せられた。

先ほどの艦に搭乗していた代行者からだ。

『っ・・・局長、聞こえますか、局長・・・』

「ああ聞こえている。そっちの状況は?」

『駄目です。艦橋及び外にいた連中は全滅です』

全滅の言葉に全員の表情が強張る。

「脱出は出来そうか?」

『・・・正直無理です。あの触手、人間を見つけるや頭から飲み込んで血や内臓を根こそぎ飲み込んでいます。索敵も広い範囲なのか艦内の生存者を極めて速い速度で見つけ出します。鉄で出来てるのか、こちらの装備では破壊も出来ません。おまけに『六王権』軍海軍の死者までここぞとばかりに乗り込んできました。ここまでのようです。私は最期の勤めを果たします。ではご武運を』

その語尾に重なる様に通信機と外から同時に爆発音が轟き、触手と海軍死者を道連れに沈没していく。

それを茫然自失で見入り、艦橋は、無言に包まれた。

「・・・如何かな?提督これが貴方が下した命令の結末だ」

そんな中、皮肉げなナルバレックの言葉に弾かれた様に司令官はすぐに、

「ぜ、全艦撤退、撤退せよ!なんとしてもあの化け物から逃げるんだ!急げ!」

撤退命令を下す。

「全艦反転!あれから距離を置け!」

「急げ!!あれに生きたまま食われたくなかったら!」

先ほどの通信を聞いていたものはまさしく半狂乱で、聞いていない者も、目の当たりにした惨状にすっかり戦意を喪失して我先に逃走を開始する。

だが、それをおとなしく見逃す『リヴァイアサン』ではない。

創造主であるヴァン・フェムから下された命令は『殲滅しろ』だった。

『リヴァイアサン』はすぐに命令を実行すべく動き始める。

ゆっくりと方向を転換すると自分に背を向けて逃走を始めるイタリア艦隊の追跡に入った。









一方、バルカン半島上空では砲撃の轟音と木や鉄が砕ける音が交互であったり同時に響いていた。

『ベルゼブブ』は次から次へと腕を伸ばし船団を捕えては食らい続ける。

無論『幽霊船団』もむざむざやられるのを傍観している筈もなく、距離をとり間断なく砲撃を撃ち込み続ける。

しかし、重装甲の前に砲弾は全く通用せず、被害は増え続ける。

流石に旗艦は青子達の猛反撃を警戒してなのか、手を出していないが、他の僚艦は容赦なく手を出し、遂には旗艦含めてわずか二隻まで撃ち減らされていた。

「拙いね。ヴァン・フェムの奴こっちを丸裸にしてからこっちをゆっくりと料理するつもりだよ」

しばし静観していたメレムが相手の狙いを推測する。

「メレム!何他人事の様な事言っているんですか!」

「そうは言ってもさ」

そうこうしている間に最後の一隻が『ベルゼブブ』に捕えられその腹の中に収まる、粉々にされて。

「くっ・・・次は我々か・・・」

「悔しいけどあれの装甲は僕の『幽霊船団』の砲撃じゃびくともしない」

「接近してくれば乗り移るなりして俺が殺せるが・・・あえてわざと捕まるのも手じゃ」

志貴の言葉にアルクェイドとアルトルージュが同時に頭を振る。

「無理よ。相手は腕を伸ばして捕まえてから懐に引きずり込んでいる。乗り移れるまでに接近している時にはこの艦の食事を始めている。旗艦まで破壊されたらどうやってトルコまで行く気なの?」

「それにフィナの『幽霊船団』は全部姿を消したら再度作り出すのにかなりの時間を必要とするわ。上手くバルカン半島に降り立てたとしても、それまで『六王権』軍の抵抗を敵地で跳ね除けるなんて無理よ。下手をしたら『六王権』の側近や最高側近、下手をすれば『六王権』本人もやってくるかもしれない」

「現状と、場所から考えると不利になる事は間違いないか・・・」

「ええ、ここは何としても死地を抜け出さないと」

「だけど、そう上手くは逃がしてくれないようですよ」

その語尾に重なるようにいよいよ本命を仕留めにかかる気になったのか、『ベルゼブブ』は文字通り腕を伸ばす。

「つかまるか!」

咄嗟に大きく右に曲がり腕を交わす。

だが、それでも執拗に腕は追いかける。

「ったく、しつこいって言ってるのよ!」

背後に迫った腕めがけて青子の魔力弾が叩き付けられる。

この一撃は流石に効いたか追尾の速度がわずかに緩む。

「ふっ!」

さらにそれに追従するように志貴が、旗艦から右手部分に飛び移り、手始めとばかりに親指に走る線を通す事で両断する。

そのまま続けて右手をなます斬りを試みようとしたのだが、腕が旗艦から離れるのを察し、すぐさま離脱する。

一方指を切断された『ベルゼブブ』は無闇な接近は危険と判断したのか、いったん距離を置き付かず離れずの追尾に変更する。

隙あらばこちらを捕えようとする意図は明白だった。

「くそっ、どうあっても逃がす気も無ければ、俺達をここで仕留める気か」

忌々しげに志貴が舌打ちする。

旗艦も速度はあるが、『ベルゼブブ』のそれと比べると逃げ切れるかどうか。

「フィナ、とにかく速度を上げて!体勢を整える時間だけでも稼がないと」

「はっ!」

アルトルージュの命を受けて速度を最大まで上げて距離を稼ぐ。

「せめてあれと対等の空戦能力を持つ戦力が一体でもあれば・・・」

そんなエレイシアのつぶやきにアルトルージュ、リィゾ、フィナが同時に一人に視線を向けた。

「??な、何?」

その視線を受けたメレムはやや居心地悪そうに一歩たじろぐ。

「ねーメレム、確か貴方の四大魔獣に空を飛べるのがいたわよね」

そんなメレムにアルトルージュが満面過ぎる笑みで迫る。

「えっ、ひ、左足の事?」

その笑みに押されるように一歩後ずさるメレム。

「そう!ねえ、それを出してくれない?」

「い、いやだよ。左足は右足と違って言う事聞いてくれないし、大抵終わったら墜落して消えちゃうからコストも高いし」

「そのような事を言っている場合か!あれに食われれば元も子もないのだぞ!」

リィゾも加わるがメレムは首を縦に振らない。

「姫様!敵が速度を上げてきました!このままでは程なく射程範囲内に追いつかれます」

そこへフィナの切羽詰った報告が響く。

「むー、こうなったら最後の手段ね。アルクちゃん」

「??何姉さん」

「アルクちゃんにお願いがあるの」

「お願いって?」

「実は・・・」

そういって耳打ちをするアルトルージュ。

そしてその内容を聞かされたアルクェイドはと言えば見る見るうちに顔色を変えていき最終的には

「えーーーーー!!」

絶叫を上げていた。

「嫌よ!姉さんそれ嫌だからね!」

「だって、メレムが言うこと聞きそうなのアルクちゃん位しかいないし」

「でも私志貴の妻なのよ!そんな事出来ないわよ!」

「な、なあアルトルージュ、アルクェイドに何頼んだんだ?ここまで拒否なんてしないだろ」

姉妹の口論を半ば呆然として見ていた志貴が我に帰ってアルトルージュに問う。

「志貴君、志貴君からもアルクちゃんにお願いして。癪だけど今の現状を打破できるのはメレムしかいないの」

「駄目よ!志貴」

アルトルージュの満面での頼みとアルクェイドの必死の形相を見比べていたがおもむろに

「それしか手は無いのか?」

「うん、悔しいけど空での戦闘じゃ私たちが不利なのは否めない」

「そうか・・・アルクェイド」

「志貴ぃ・・・」

まるで捨てられる寸前であるかのように泣き出しそうな表情をする。

「そんな顔するなって、これが上手く言ったらお前の番の時、たっぷりサービスするから」

そう耳打ちするとその表情が一変した。

「本当!」

「ああ、お前が満足するまでしてやるから」

「約束よ志貴!!」

「ぶぅ〜アルクちゃんいいなぁー」

「わ、わかった、アルトルージュにもするから」

満面の笑みになったアルクェイドと一転して不機嫌になるアルトルージュを宥める志貴を他所にアルクェイドがメレムの説得に入った。

「ねえメレム」

「は、はいっ!」

「もしあれメレムが退治してくれたらキスしてあげても良いんだけど」

たった一言で勝負は決した。

「はいっ!!お任せください!姫様!!あんなでくの坊五分で沈めてご覧に入れます!左足出ておいで!」

同時にメレムの左足から陽炎が吹き上がる。

それは瞬く間に形を成し、それは『ベルゼブブ』の前に現れた。

それは形としては空を飛ぶエイだった。

大きさは『ベルゼブブ』よりやや小さいが空を飛ぶ優雅さでは圧倒的に上だった。

「さあやっちゃえ!」

メレムの命令と同時に『ベルゼブブ』は腕を伸ばして飛行エイを捕えようとする。

だがそれを軽やかにかわすとすぐさま背後を取り鋸じみたくちばしの一突きで『ベルゼブブ』の飛行を助けるプロペラの一つを叩き壊した。

さらにその翼から次々と熊、虎、鰐、鮫、鷹と陸海空の猛獣が姿を現し『ベルゼブブ』に乗り移っては攻撃を開始する。

普通の動物ではないのだろう、今までさしたるダメージを受けてもいなかった『ベルゼブブ』の身体に次々と傷を作っていく。

無論何体かは腕を戻した『ベルゼブブ』に捕われて食われていくが、数が多すぎた。

ようやく飛行エイが離れた時 その全身は闇越しに見てもぼろぼろだった。

全身大小さまざまな傷に覆われ飛行を助けていたプロペラも一つは破壊され残るプロペラも所々破損し、飛行も不安定になっている。

それでも旗艦を食らおうと再度腕を伸ばす。

だがその瞬間、飛行エイが立ち塞がり、両腕をくちばしで貫き、そのくちばしを大きく開く事で両腕を完全に破壊した。

止めとばかりに背後に回るといまだ健在のプロペラをすべて破壊した。

これにより完全に飛行手段を失った『ベルゼブブ』が体勢を崩して墜落を開始する。

「これでとどめ!」

そういうやいつの間にか接近した旗艦の艦首に立っていた青子から

「スフィア!ブレイク!スライダー!」

魔力砲が発射され『ベルゼブブ』は頭部を消し飛ばされ胴体に二つの風穴を開けられ速度を上げて墜落していった。

「・・・終わったんですか?」

「まーゴーレムだから死ぬって観念は無いでしょうけどこれで当面の危機は回避できたわね」

志貴の質問への青子の答えに全員ようやく一息ついた。

「ふぅー珍しく消滅しなかったなーお疲れ左足、戻って良いよ」

メレムの声とともに飛行エイは再びその姿は陽炎の如く揺らぎ右足の悪魔の時と同様、メレムの左足に吸い込まれていった。

「では、大急ぎで『闇の封印』を抜け出しましょう。これで更なる追撃を受けれれば厄介な事になる」

「そうだね全速力でトルコへ西進」

フィナの号令を受けて『幽霊船団』旗艦は進路をトルコに向けて空を走り始めた。









『バルカン半島上空戦』では何とか魔城の追撃を撃退できた。

しかし、海上の戦闘はといえば悪化の一途だった。

「ま、まただ!」

悲鳴に等しいうめき声が響く。

逃走を開始してからすでに三隻の護衛艦が追跡を続ける『リヴァイアサン』の餌食となった。

このままでは『闇の封印』から脱出する前に脱出部隊は全滅の憂き目を見る。

「どうすれば・・・くそっどうすれば・・・」

頭を抱える司令官を余所にナルバレックは何か覚悟を決めた表情を作ると。

「提督、救命ボートなり小型艇を一隻下ろして頂きたい」

「な、何だと?」

「そうだ。私があれを食い止める。その間にさっさと逃げろ」

「だ、だが・・・」

「ほう、躊躇している暇があるのかな?」

あえて意地悪く現状の把握を迫る。

「・・・」

暫しの間、互いの視線が交差する。

だが、司令官は肩を落とし

「・・・わかった従おう、おい、すぐに小型巡視艇で一番足の速いのを下ろせ!」

「で、ですが」

「今は口論している暇は無い!急げ!」

「は、はっ!」

「・・・これで良いかな?」

「ああ、協力感謝する」









数分後、ナルバレックを乗せた小型巡視艇はクレーンで海に下ろされようとしていた。

「総員、万に一つ、私が戻らなかった場合、トルコに到着した後は七位弓の指示に従え。またその際には弓には、これを、『真なる死神』にはこれを渡せ」

そう言ってCD―ROMと手紙を手渡す。

「局長、ご武運を」

そう言って代行者が敬礼をかわす。

常日頃の行いゆえに彼もまた彼女を嫌ってはいたが、あえて死地に踏みとどまる事には敬意を持って評した。

それにナルバレックもまた不敵な笑みとともに敬礼を返し、巡視艇は海上に下ろされ、クレーンが外れると同時に、エンジンを動かし始めていた巡視艇は艦を離れ、真っ直ぐに『リヴァイアサン』に突き進んで行く。

進路を定めてからすぐに照明弾を打ち出す。

そのお陰で大体の正確な位置と距離を掴む。

「行くか」

速度を上げて『リヴァイアサン』に迫る。

『リヴァイアサン』も接近する獲物に気づいたか、触手を殺到させる。

触手が群れをなして殺到してくる様子を見て恐怖に震える所か、うっすら侮蔑に満ちた笑みを浮かべるナルバレック。

「ふん、どうやら何者かが乗っている訳ではなさそうだな」

こんな小型の巡視艇を仕留めるのにこんな大量の触手など必要ある訳が無い。

自分が仮にあれに搭乗していれば一本だけ射出し何処までも追尾させておけばいい。

そんな判断も出来ぬのは、あれが命じられた事にだけ忠実でそれ以外は判断が出来ぬ証拠。

ほくそ笑みながら巧みな操舵で右に左にかわして行く。

当然だが、かわした事で引き返さなければならないがそれが無数だった事で触手が絡み始めた。そんな無様な状況を尻目に巡視艇は『リヴァイアサン』内部に突入する。

そしてあたりかまわずグレネードやら粘着榴弾を投げつけ打ち込む。

爆発音が響き渡り粘着榴弾による振動が内部の触手に狂いを生じさせる。

そうして最奥部まで到達したナルバレックが見たのは、近未来的な無人司令室の様子。

「ふん、時代錯誤の死徒が科学技術を使うとはな。世も末と言った所か」

そう言って残りのグレネードを全て投げ込む。

数秒後、司令室はいっせいに爆発が起こり、当たりに火花が舞う。

それと同時に『リヴァイアサン』の動きが急激に落ち始めた。

指令中枢に近いものを破壊した為だろう。

「ふん、『魔城』といえど所詮は物、一つ歯車が狂えば脆弱極まりないのは機械と変わりは無いな」

そう毒づきながら巡視艇を反転させて脱出を試みる。

だがこの時司令室のディスプレイがある文章を自動で打ち込まれたのをナルバレックは気付かなかった。

『シレイシツキノウテイシ、コレヨリシュウフイクタイセイニハイル』









巡視艇を走らせている中ナルバレックはある異常に気付く。

『リヴァイアサン』内部に取り込まれた艦が次々と奥に運ばれている。

「これは一体・・・」

そう呟いた時衝撃と共に巡視艇が急停止した。

「!!」

慣性の法則によって巡視艇から放り出されそうになったナルバレックだったがどうにか踏み止まる。

「なんだ?一体・・・」

見れば巡視艇が他の艦と同じく奥に運ばれている。

「これはっ!」

慌ててエンジンを全開にさせるが巡視艇は前に進む所かどんどん奥に後退していく。

こうして再び最奥部の司令室前まで戻されたナルバレックの目に映るのはは次々と触手が艦の部品を代用して使えそうな部品に加工しなおし司令室の修理を行っている様子だった。

「ちっ、自動修理システムまで組み込んだのか」

瞬時に状況を把握する。

このままでは機能を回復させた『リヴァイアサン』が再び牙を向くのは明らかだった。

だが、自分に残された武装は個人携帯用グレネードランチャーに装填された粘着榴弾数発と携帯用ロケットランチャーのみ。

あとは・・・

「あれに頼るしかないか」

そう呟いてから残りの弾薬全て撃ち込む。

榴弾の爆発による振動が内部の精密部品を完全に破壊し、ランチャーは装置をまとめて吹き飛ばす。

だが、修理の手は緩む事が無い。

「・・・これしかないか」

そう呟いたナルバレックが懐から何かを取り出そうとした。

その拍子に胸元から別の物が零れ落ちる。

それは音も立てず巡視艇のデッキに落ちる。

「っ」

かすかに息を呑みそれを取り上げる。

その時、背中から腹部に鈍い衝撃が走り少しして熱へと変わり、最終的には激痛になった。

あの触手が一本ナルバレックの体を貫いていた。

それをきっかけとして立て続けに胴体を貫く。

「かっ・・・」

声を発する前にかすかな呼吸と大量の血液を口からこぼすが、両手に握られた物は決して離さない。

「ふ・・・ふふふふ・・・」

そしてもはや即死同然の傷を受けながらナルバレックは笑みを浮かべ、まず右手のそれを前方にかざす。

「これが・・・わかるか・・・機械にわかる筈もないな・・・『胃界経典』の一ページだ。本来ならば一冊でもともとの力を発揮するが・・・死徒でもない機械もどきにはこれで十分・・・ここを・・・この周辺を完璧に消滅させるには・・・」

そう呟くと同時に『胃界経典』は輝き始める。

(ここまでか・・・家は問題ない。あの子が立派に継いでくれる筈。心残りは・・・もう一度あの子を抱けなかった事と・・・)

「・・・お前の成長を見れなかった事だな・・・」

そう言って左手に持ったそれを・・・我が息子の写真を最期に見る。

「・・・」

知らず知らずの内に涙が出てきた。

「っ・・・ごめんね」

埋葬機関局長ではなく一人の母親としての顔と声で呟いたと同時に、光は司令室も周囲の触手も、そしてナルバレックが乗っていた巡視艇も本人諸共全て消し飛ばしていた。

これにより完全に指令統括機能を喪失した『リヴァイアサン』は内部から爆発と崩壊を始めようとしていた。









「て、提督!!」

一方『リヴァイアサン』から逃走を続けていたイタリア艦隊では、

「どうした!」

「こ、後方の化け物が動きを完全に止めて・・・ああっ、爆発を!!」

「なに!!」

報告を受けて慌てて後ろを見ると確かに『リヴァイアサン』は爆発を繰り返し、今まさにくの字に折れ曲がり沈没を始めようとしていた。

「た、助かった・・・のか?」

それを見て脱力したようにへたり込む司令官にナルバレックから艦に分譲する代行者の統括を命じられた男が窘めるように

「まだ早いですぞ提督殿、この闇から抜け出れぬ限り本当の意味での生還とは言えません」

「そ、そうだな・・・全艦、最短距離でトルコに向かえ!急げ急げ!」

にわかに活気付く艦橋を尻目に各艦の代行者達は後方、『リヴァイアサン』に向かって誰に言われたとなく敬礼をしていた。

ほぼ間違いなく『リヴァイアサン』と道連れに沈んでいった埋葬機関局長に対する最大限の敬意として・・・









こうして『イタリア撤退戦』はその幕を閉じた。

イタリア半島は完全に失陥し『六王権』軍は地中海西部及び中央を完全に支配化に収めた。

だが、それでも教会戦力は軽視できない損害を負ったものの再起不能な物ではなく、何より主力戦力たる志貴達は全員無事に脱出させてしまった事は手痛い失策と言わざる負えない。

事実、残存の教会戦力は再編後、『反抗期』において、騎士団と並ぶ東部反抗部隊の核となるのだがそれはまだ先の話である。

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